唯一無二のあなたへ。 HAPPYSUGADAY2024

ユンギさん、お誕生日おめでとうございます!

2024年、3月9日。これから先一生忘れられない日になると思う。

今年のイキリポエム、すみませんが自分語りです。失礼。

 

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「兵役中のユンギさんの誕生日を祝う日が来る」────好きになった日から、この日が来ることは覚悟していた。

 

ユンギさんを好きになるよりももっと前に出会った、憧れのような存在のKPOPアイドルが入隊した時、私の寂しさを埋めてくれたのはユンギさんだった。その日からずっと、「次はユンギさんを見送る日が来るんだ」と、それはもう何年も前から自分に言い聞かせていた。

 

恋をしたアイドルは、ユンギさんが初めてで、だから余計に、私はこの日が来るのを何よりも恐れていた。

弟グループのオーディション開催、デビュー決定が告知される度に、いよいよだと焦り、他の推しの入隊の寂しさをユンギさんが埋めてくれたように、私は必死になってこの数年間、新しい推しを探し続けていた。

 

当たり前のように、恋した人の代わりなんて簡単に見つかるわけがなくて、私はもう、「終わりだ」と感じた。ユンギさんの代わりは現れないままお別れになったら、私はどうやって生きていくんだろうと絶望した。その頃の私はユンギさん一色で、すべてを捧げていたから。生き延びてる未来なんて全く見えなかったから。

 

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そんなお先真っ暗だった私を、幸か不幸か変えたのは、コロナだった。

兵役以前に、会えない。

その事実に耐え続けていくうちに、BTSは入隊が延期され、私は現実世界で色んな恋愛を経験して、そんなふうに生きていく中で、少しずつだけど、ユンギさんに会えなくても生きていける自分が生まれていた。

 

待っている間にファンの数も爆発的に増え、正直私は、戻ってきてももう、会えないんじゃないか、当たらないんじゃないかなんて思うようになって、はじめはその事実を受け入れられない気持ちもあったけど、本当に少しづつ、諦めに近い「受け入れ」を覚えて、このまま生きていたら、あんなに怖かったユンギさんの入隊も、すんなり受け入れてしまえそうだななんて、寂しさもありながら、でも依存から抜け出せた感覚に少し喜んだのも覚えている。

 

 

2022年、6月に個人活動の本格化を発表し、1人ずつ入隊していったBTSにしばらく落ち込み、涙を流した自分を見て、やっぱり7人が、ユンギさんが私の核であることを再認識した。

 

絶望に近い気持ちで、憂鬱な社会人生活を送っていた私に、その2ヶ月後、新しい推しができた。

 

その男の子は歳下で、新人で、ユンギさんのように恋をしたわけではないけど、私にとってようやく出会えた、「ユンギさんへの寂しさを埋めてくれる存在」だった。何年探し続けたかわからない、本当に久々に、心を動かされるほど大好きな推しができて、私はこれで、なんとかやっていけると思った。

コロナ禍で鍛えた辛抱強さ、会えなかった期間にも慣れた。もう待てる。そう確信した矢先、

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ユンギさんはアルバムを出して、ツアーを発表した。風がとても強い日で、ベランダの仕切りがガタガタと音を立てていたのがうるさくて、目を覚ましたのを覚えている。

眠れなくなってスマホを開くと、そこにあったのはD-DAYTOURという文字と、ツアーのお知らせ。

 

ソロツアーはできないって言ってたのに?除隊するまでもう何も無いと思ってたのに?ツアーで?会えるの?しかもソロ?日本に、来るの?

 

あの頃、本当に私生活が地獄すぎていた、次の日が来るのが嫌になるほど疲弊していた、仕事が本当に憂鬱だった、そんな私に差し込んだ希望の光。

入隊前のユンギさんに会える、そう思うと私の体は嘘みたいに軽くなって、その思いだけで仕事を乗りきった。

 

後日明かされた日本のライブ会場。たった3日間、とうてい足りるはずのない客席数、キャパシティ。

え、FCの推し、SUGA選択者しか当選しない仕組みでも作ってるんですか?追加公演ありきで言ってる?運営、何言ってんの?ユンギさんが、BTSが今ワールドワイドのスーパースターなこと、みんなわかってる?

 

何度も応募した。FCも、モバイルも、一般も、機材席も。ふるいにかけられる度に、少しずつSNSで増えていく「当たった」「会える」の文字。私のメールには落選しか届かなくて、無我夢中に手当り次第全ての応募チャンスに賭けていたけど、気がついたら日本公演最終日を迎えていて、私の手元にあったのは、ライブビューイングの視聴権利だけだった。

 

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好きな人の初めてのソロツアー。同じ国にいたのに、違う場所で、画面越しで見ることになるなんて、7年前の私は想像してたかな?笑顔でも、嬉し涙でもなく、「悔し涙」を流しながら、肩を揺らして静かに見守ることしかできないなんて、誰が予想した?

辛い、苦しい、悔しい、そんな気持ちばっかりで、こんなこと初めてだった。

 

でも、ユンギさんのラップが、本当にかっこよかったの。画面越しで見ていても、彼を取り囲むARMYたちの歓声に酔いしれて、笑顔でパフォーマンスするユンギさんは、本当に私が心から待ち望んでいたユンギさんだった。

自由に遊んでたね。会場を独り占めしていたね。

本当に楽しそうで、同じ空間にいられなかったことは未だに辛いけど、それでもユンギさんの叶えたい夢がまたひとつ、達成出来たのかなと思うと、本当に嬉しかった。

 

 

ファイナルが終わった後、ユンギさんは肩にあるタトゥーを見せてくれた。

兵役よりも前に経験した、私にとって初めてのユンギさんの空白期間。肩の怪我が悪化して手術した時を思い出す。集合写真にぽっかりと空いた1人分の余白。それを乗り越えた証のようで、嬉しいような、当時、一ファンとしてただ待つことしかできなかった自分の不甲斐なさを思い出して悲しいような、複雑な気持ちにもなった。

 

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まもなく、ユンギさんの入隊が発表されて、アッサリとWeverseliveと挨拶を終わらせて入隊した彼は、7人の中でも特に現状が分からないままだ。

 

4月に入ってから今日まで、去年とは打って変わって、明日が来るのを恐れるほどではなくなった。仕事にも慣れて、朝から涙を流すこともなくなった。

歳下の推しの成長を見守りながら、日常生活もストレスが減っていって、今の私は有難いことに、ユンギさんに依存せずとも生きていけるくらい強くなった。

 

きっとユンギさんの性格だから、兵役中は途中の報告もあんまりないんだろうなと、昔から変わらず、終わってから全部話してくれるんだろうな、なんて思いながら、それでも待てるようになった自分に安心して、今日を迎えることが出来ている。

 

 

ユンギさん、今年はどんな1年でしたか?

前半はアルバムを出して、ツアーをして、シュチタも沢山撮ってくれて。

アーティストとしての活動を熱心に続けていたと思ったら、後半はガラッと生活が変わって、1人の兵士として日々を生きて。

 

ユンギさんにとっても、きっと何もかもが新しい1年になったと思います。

 

寂しいし、会いたいし。でも正直、本当に、除隊してからも、最初のライブに当たるかどうかわからない。次にあなたに会えるのは、当分先になるかもしれない。

 

それでもね、やっぱり初めてスマホを買ってもらった高校生の頃から、ずっと溜め続けてきたユンギさんの、数え切れないほどたくさんの写真を見返すと、色んなことを思い出すし、ユンギさんの声を聞くとやっぱり口角が上がっちゃうし、友達と思い出話をすると、ほとんどユンギさんの話になって、「ああ、もうどうやっても、死ぬまで1番大好きな人だ」って、そう思ってしまうんです。

 

 

たかが1人のファン。デビューした時から応援してるわけでもないし、対面のイベントで話したわけでもない。

 

それでも、私の短い人生を振り返って出てくる思い出はほとんどBTSのライブで、ユンギさんに抱いた色んな感情で、これを塗り替えられる人なんて、本当に、これだけは絶対、自信を持って言えるんだけど、本当にいないよ。

 

学生時代はもう戻らないから、それを全部独り占めしてくれたユンギさんが本当に大好きです。

 

今はとにかく元気でいてほしい、たくさん食べてるかな、たくさん寝てるかな、戻ってくる頃にはさらに逞しくなって、立派な男になって、もっと余裕が生まれて、優しくてかっこいい姿を見れるのかな。

 

幸せでいてください、元気でいてください。

今年の誕生日は、本当にそれだけを願ってる。

帰ってきたら、またいっぱい、私が、ユンギペンが、ARMYが愛してやまないユンギさんの音楽、沢山聞かせてね。

 

 

お誕生日おめでとうございます。

私の青春全部あげた人、大好きなユンギさんへ!

 

2024.3.9

 

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何度でもあなたにときめく話 HAPPYSUGADAY2023

※はじめに

これは私個人の意見、考えで書かれている文章です。一部私の憶測や感情のみで書かれている部分があります。事実として受け止めることがないようにご理解お願い致します。

 

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今年もケーキを予約した。今年も一ヶ月前からソワソワし始めたし、届きもしない長文の激重ラブレターを綴って、会社用だろうと私用だろうと構わず持っている全ての手帳とカレンダーには3月9日の枠にハートを書き込んでいる。

何も変わってない、去年から何も変わらない。
ユンギさんに会えないのも、この目でBTSを見られないのも、変わっていない。


変わったことといえば、私が社会人になり、BTSはシーズン2へと突入したことくらいだ。


でもそれが、私の人生を180度変えてしまった。
私の気持ちをドン底まで突き落とした。


去年のユンギさんの誕生日から、今年のユンギさんの誕生日まで。この1年間、人生でここまで辛い1年があったかと思うほど、冗談抜きでしんどかった。


慣れない会社を辞めたい気持ちに耐えられたのはBTSがカムバすると聞いたからだった。YETTOCOMEのティザーが本当に私好みだったから。また新しい姿が見られるから。ユンギさんの歌が聞けると思ったから。


YETTOCOMEはすごく良くて、五本の指に入るほど好きな曲だったし、思い出が沢山詰まったMVで、


「7人でこれからもずっと音楽を続けてくれますように」って、BoyWithLuvのMVの最後に楽しそうにみんなで叫ぶ姿を見て、インスタのストーリーでそう呟いた時のように、同じことをまた思った。

 


その数日後に、私たちに突きつけられたのは次のフェーズへと移る彼らの決意と、これまでの苦悩や葛藤、涙。正式に発表された個人活動の重点化、ジンくんの入隊。


絶望とはまさにこのこと。
個人活動は、正直私の中で全く受け入れられるものではなかった。
足並みを揃えなくなることによって生まれる方向性の違い、CDの売上枚数を巡ってのファン同士の争い、メンバーの裏切り…
ポジティブなイメージは私にはなくて、昔の推しでそんな経験を味わったからこそ、BTSを好きになった日からずっと「7人一緒に」にこだわり続けてきたのに、それが一瞬にして壊された。
何度も周りに言い続けた、「BTSのSUGAが好き。」それはBTSとして、BTSの7人でいる時のSUGAのこと。
ジンくんが入隊し、兵役免除は幻となった今、そんな私の大好きな「BTSのSUGA」は、早くても2025年までは見ることができないらしい。

 


引き受けるハイブランドとの仕事は全部個人で、発売される写真集も1人ずつ。
「7人」の新しい写真を見ることがほとんどなくなり、耐えられない日は昔のライブDVDや雑誌を引っ張り出して安心させる自分がいるくらい。


この1年で、新しいグループも応援するようになった。華々しいデビューを飾ったその少年たちは、ショーケース、ファンとの交流イベントを立て続けに行い、デビューから間もなく、私は彼らが歌って踊る姿をこの目に収めることができた。

 


そんな中、私の生き甲斐だったBTSのライブは、コロナによる規制が少しずつ緩和され、日本でのツアー、歓声ありのライブ、そして渡韓が許され始めている今この瞬間、止まってしまった。
「この日を待ってた」「おかえり」他のグループのファンたちの間でそんな言葉が飛び交うようになった中、ARMYだけはまだそれを言えずにいる人が大多数だ。釜山公演に行ったARMYたちも、その日限りで満足できたはずがない。


「コロナ禍でもDynamiteたくさんテレビでやってくれてるじゃん!」「ゲームだしてくれたじゃん!」「BT21、Tinytan!色んなものとコラボしてくれるからヲタ活忙しいね」
ワガママなことはわかってる、だけど私が欲しいのはそんなコラボグッズでもないしゲームでもないし、テレビの中だけの、カメラに向かって歌って踊る彼らじゃない。それはそれで嬉しいけど、それだけで「満足だ、ほかに何もいらない」ってなれるような甘いヲタクじゃないんだよこっちは。


私が欲しいのはライブで自分たちの曲に酔いしれて、取り憑かれたように踊り狂い、歌い、ラップをして、かと思えば突然ARMYを優しく愛おしい目で見つめながら歌うBTSなのに。私たちとBTSだけのその空間なのに。
ユンギさんに会うために、ユンギさんのラップをまたこの耳で聞くために、BTSのステージをこの目で見るために、惜しみなく愛を注ぎ、寝ても醒めても彼らのことしか、ユンギさんのことしか頭にないような生活が戻ってくることを夢見て、コロナ禍には帰省もせず隔離生活に耐えたし、就活だってガムシャラにやり続けた。結果的に最悪とも言える、地獄とも言える職場に就職しても耐えてきたんだ。

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YetToComeInCinemas、私にしては信じられないほど何回も足を運んだ。酷い時は1週間に3回も見に行った。
今日が最後と言われたcypher3のユンギさんのラップを目に焼きつけるつもりで、耳に刻むつもりで見続けた。


ユンギさんは、フリースタイルのダンスは苦手だ。音楽が流れてきて、それに自然と体がリズムを刻んで、体が音楽を求めているかのように踊る3jのようなことはしない。
昔に比べて、ライブ中に振り付けを無視して自由にステージ上で移動しながら歌う曲の割合が増えた。これも私は人気故の構成だと思っていて、逆に新人は振付を完璧に踊る姿を見せてくれるのが魅力だと思う。
実際、YETTOCOMEの釜山公演でも、DOPEでみんなが自由に踊っている中、チラリと映ったユンギさんは軽くではあるがMVや音楽番組で私たちが沢山見た振付を踊っていた。


でもユンギさんはラップになると、別人のようになる。
ラプラの曲は別に踊るわけじゃない。ラップをしながら、リズムに乗って体を動かす。
ユンギさんはそんな時、本当に取り憑かれたように人が変わると思う。


最近は確かに可愛い動きをするようになったし、騒ぐようになったし、ふざけることも増えてはきたけど、それでも「静」で表されるような人だ。そんな彼がラッパーのSUGAとしてステージに立った時、AgustDとして曲を出した時、本当に別人の様になる。歌詞に放送禁止用語をいれ、挑発したような笑い声を混ぜながらラップをすると、ドヤ顔で雑学を人に話したり、好きなものの話になるとそれはそれは嬉しそうに早口でたくさんのことを語る、猫とすら言われる可愛いユンギさんはいなくなる。


釜山公演で、それを改めて目の当たりにした。
そんなユンギさんも、私はもう3年以上見ていない。


永遠なんてない。ユンギさんだって韓国で生まれた一人の男だ、人間だ。
兵役だって行くし、結婚だってするかもしれない。私たちが転職をするように、辛くなって現状から目を背けることがあるように、逃げ出すことがあるように、アイドルをやめたいと、BTSをやめたいと思う日だって、ないと信じたいけれど、それでも絶対とは言いきれない。


それでもユンギさんは、そんな不確かな未来について、「20年先も、30年先も、ここに立っていると思う」と言ってくれた。
未来のことなんて本人ですら分からないけど、少なくともユンギさんの中では、何年経ってもBTSのSUGAでいることを望んでくれているということだ。
BTSのSUGAに執着する私にとって、この言葉だけでどれだけ救われただろう。
ユンギさんの言葉は私の人生そのもの。一言一句に喜んで悲しんで、振り回されるくらい大きな影響力を秘めている。

 

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ユンギさん、この1年は幸せに過ごせたかな。

毎年そんなことを考える。というかそれくらいしか、思うことしか私はしてあげられない。

 

日本ツアーがないからチケット代は貢げないし、

投げ銭できるような配信もないし、

何か大きなことをやろうとしているんだろうけど全く読めない謎コンセプトのインスタ投稿ももはや見守って待ち続けることしかできないし(あれ予想ついてるアミいるんですか?)

 

結局だけど、ユンギさんに貰ってばかりなんだなと思う。

髪が伸びたユンギさんの写真に発狂し、日本に来た時は窓を開けて思い切り空気を吸い込んだりもした。

唯一タトゥーの位置を明かしていないユンギさんにユンギペンはいつまでも振り回され(ぶっちゃけ教えてほしいです)ている。

 

ライブはないけど、カムバはしないけど、新しい姿でなんとか命を繋いでいる私のようなオタクは何億と存在してるわけで、実際ユンギさんが軍隊に行ったら、

許可が出た時しか投稿できなくなったら、

そんなことを考えると寂しくて、不安で、悲しくて仕方ないけれど、

 

それだけ好きなんだなと実感できる。

 

寂しくなったら昔の動画を見て、自分のお気に入りのユンギさんを見て心をときめかせた1年だった。

 

ずっと好き。本当に大好き。

 

高校生の頃みたいに、盲目に恋をしていたころ程の熱はないかもしれない。

だけど、ユンギさんに対する感情はずっと恋だ。

 

こんなに好きな人に出会えたこと。毎年毎年同じ気持ちの繰り返しだけど、

好きになれてよかった。こんなに好きな気持ちでいさせてくれてありがとう。

 

 

 

「一緒に歳をとりましょう」

 

思えばBTSからの誕生日メッセージで、もう何年も誕生日のスタートを切ってきた。

 

中学の文化祭のダンスステージで流れたDOPEでBTSに出会った。

高校生になって本格的にARMYになってから、休憩時間には当時まだ少なかった他クラスのARMYと廊下に集まって話に花を咲かせた。

BTSに、ユンギさんに沢山逢いに行く」それだけをモチベに地獄の大学受験を乗り切り、

カムバの日は塾の講義も頭に入らないほど時計を見つめて、帰りの電車でいてもたってもいられずDNAを見た。

ユンギさんの書いた歌詞の和訳を調べて、彼の世界観を理解しようとしたし、

チケットの当落に一喜一憂したのも覚えている。

ドキュメンタリー映画に一緒に行った友人には「ユンギがでてきた時だけほんとに恋する乙女みたいな目してたよ」と言われた。

 

私の青春は、BTSに、ユンギさんに捧げた。これだけは自信をもって言える。

私の生活にはいつもBTSがいて、今の私を構成しているのはほとんどユンギさんだ。

 

"変化は多かったけど、変わらない私たち"

色んなことが変わったけど、私はずっとBTSが大好きなユンギペンのARMYで、

彼らはBTSのままで、ユンギさんはBTSのSUGAだ。これはずっと変わらない。

 

来年もしっかりお祝いしよう。

3月9日、ユンギさんを祝うために、これから1年も頑張って生きよう。

 

来年も幸せな気持ちでユンギさんが誕生日を迎えられることだけを祈ります。

 

ユンギさん、本当にお誕生日おめでとうございます。いつまでも、どうかいつまでも幸せでいてください。

大好きなあなたに何度でもあなたにときめく話。

 

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YETTOCOME 9周年を迎えたBTSへ

※はじめに

これは私個人の意見、考えで書かれている文章です。一部私の憶測や感情のみで書かれている部分があります。事実として受け止めることがないようにご理解お願い致します。

 

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9周年おめでとうございます!

私たちが知らないだけできっとたくさんぶつかったり、慰めあったり、距離を置きたい時期があったり、そんな経験は数え切れないほどあると思うけど、それを乗り越えて、デビューメンバーから誰一人欠けることなく9周年を迎えているこの現状は本当にすごいことで、他グループで脱退や解散を見届けてきた私にとって、こんなこと当たり前じゃないし、好きになってから今日まで、「一緒に」という言葉をたくさん使える、安心して使えるメンバーを応援できてることがとても幸せです。本当にありがとうございます。

 


メンバーの人数と関連のある「7」や節目になる「10」じゃなくて、9周年の今回、これまでを振り返って整理するような曲を出したことの裏には、どんな意味が込められてるんだろう?あまり考えたくないことも予想してしまったけど、きっとどのタイミングでこの曲が世に出ていたとしても、同じように感動して、色んなことを整理して、7人に感謝していたと思います。それくらい優しくて、込み上げてくるものがある、大好きな曲になりました。


私が彼らのカムバを待機できたのはピタヌンのカムバからだけど、それでもこれまでのMVの思い出が散りばめられてた映像を見て、ファンになってから今までの、彼らがカムバした時の自分の状況とか当時の気持ちとか、MVを見ながら色んなことを思い出して、振り返ってみたら本当に私の青春はBTSだったなあと思いました。中学の頃はBTSじゃないけど、高校の時だって今だって他の推しはいるんだけど、でも「青春」はBTSだった気がします、これは本当に

 

 

音楽がないと死んじゃうくらい音楽が大好きな自分がBTSと出会ってユンギさんを好きになってから、どんな時でも音楽から離れようとしない、音楽バカなユンギさんが大好きで、そこがいちばん好きなところで、7人が何かを乗り越える度に、いつも心から願ってきたのは「これからもずっと、大好きな7人が音楽を嫌いにならないでいてくれますように」ってことでした。
だからこの曲で、ユンギさんのパートで、ユンギさんの口から「音楽が好き」って言葉が聞けたことは、私の中でいちばん求めてた人からいちばん欲しかった言葉をもらえたってことで、それだけでもう他に何もいらないくらい幸せな気持ちになれました。これ以上のものはないというくらい私がいちばん欲しかったものでした。自分の大好きなことを仕事にできたユンギさんは、夢を叶えられなかった私から見ると本当にかっこよくて、尊敬してて、憧れで、羨ましいです。だからそんな彼から「音楽が好き」という言葉を聞けたことできっと一生この思い出にとらわれるだろうし、この一言の歌詞にずっと救われ続けるんだろうなと思います。 


これが解散でも脱退でもない、なんでもない9周年で聞けてしまったことは、幸か不幸かわかりませんが、当たり前のようにそれが聞けて、その思いを知ることが出来たうえで改めて、これから先何十年もユンギさんの、BTSの音楽を聞けると信じていようと思います。

 


生き甲斐だったしこれからも生き甲斐になる存在です、都合よく求めてしまってヲタクって本当に勝手だと思うんですけど、これからも好きでいさせて欲しいです。ああもう本当に大好きだなあㅠㅠㅠ


これからもずっと、みんなが音楽を嫌いにならずに、7人で音楽を続けてくれますように。防弾少年団が終わるその日まで、7人が1人も欠けることなく、負担に思わずに防弾少年団でいてくれますように。
すごくワガママなお願いかもしれないけどそれが私の願いです。本当にいつもありがとう、10周年も楽しく駆け抜けてください!

 

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一生幸せな日々を過ごせますように!〜ユンギさん2022생일〜

※はじめに

これは私個人の意見、考えで書かれている文章です。一部私の憶測や感情のみで書かれている部分があります。事実として受け止めることがないようにご理解お願い致します。

 

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2021年のユンギさんの誕生日、初めての誕生日ブログだったためか、思いの丈を全て書き込んだせいでうんと長くなった去年の記事を読み返しながら、この時は「1年後には元に戻ってるかも」なんて期待していたことを思い出す。

 

BTSにとって2021年は、元に戻るための大きな一歩を踏み出した1年だったと思う。

 

LAで行われた久々のオフラインコンサート。コロナ禍で急増したファン数と状況を考えればかなり厳しい決断であり、もちろん周囲でも開催に関しては賛否両論の声。それでも実際に渡米を決意したイルアミの存在を確認したときは本当に7人が人の前でライブするんだ…!とドキドキもした。

 

画面越しではあったけれど、久々に、ユンギさんがユンギさんを好きな人たちの前でラップする姿を見た。

その光景がなんだか不思議で、しばらく信じられなくて、でもそんな彼を見て、不意に涙が出た。

 

ユンギさんが、すごく幸せそうだったから。

もちろんユンギさんに限ったことではなくて、みんながそうだった。人に見られるとパフォーマンス力が向上するという話がスッと納得できた瞬間だった。

それでも私がユンギさんの幸せそうな姿に特に感動したのは、正直「推しだから」が9割を占めているものの、

「ユンギさんが人の視線に快感を得る人間になれた」という事実に胸がいっぱいになったことが1割、しめている。

 

推しが対人恐怖症(という噂が立っている)と聞かされて、アリーナツアーを、ドームツアーを、そしてスタジアムツアーを安心して見届けられるヲタクなんているんだろうか。

 

ヲタクというのは必要以上に推しの気持ちに寄り添って、慮って、共感するのが得意な生き物だ。人の視線に恐怖心を抱いていたと話すユンギさんが今、ライブしたいと言って、ライブ中にキラキラの笑顔で100点満点のラップを披露する、1人のトップアーティストになっているこの事実に、何も感じない人はいないはず。

そんなユンギさんを好きでいる私は、毎回ライブを見ている間、ライブの高揚感と一緒に、そんなことも少し考えながら、ホロリと来るものをグッと笑顔で抑えて楽しんでいる。

 

 

ユンギさんはこの1年、幸せでしたか?

 

正直、私は全然幸せじゃありませんでした。全然終わらなかった就活、長引いたコロナ、叶わない渡韓、薄れていくユンギさんのステージ上のラップの記憶…

 

それがすごく嫌で、悲しくて、少しでも身近にユンギさんを感じようと、就活の日々の中でTOPIKやハン検の資格をとって、次の誕生日も予約したセンイルケーキの写真と一緒に自力で韓国語でWeverseにメッセージを送ろうと思いながら過ごしたりして。

 

それでも虚しい日が続くし、次にまたこの目でユンギさんを見れるのはいつになるんだろうと、先の遠い未来にだんだんと疲れてきて。

ビッグになっていけばいくほど、ユンギさんのことで、見たくないような言葉を投げかけている投稿を見る機会が増えて。

 

普段は私もどちらかというと論理的な方だけど、ユンギさんに対する嫌な言葉を見て感情的になった時は、「ああやっぱり私はユンギさんのことがほんとに好きなんだろうなあ」と1人でしみじみ感じていました。

 

そんな1年間を過す中で、12月のPTDで見れたユンギさんの笑顔は、この暗い暗い1年を全て帳消しにしてくれたような、本当に私の救いになったくらい特別なものになりました。

 

会場を見渡すユンギさんがすごく幸せそうで、彼が見渡す先で埋め尽くされてキラキラ輝くアミボムが本当に綺麗で、その光の中に私がいなかったことても悔しいけど、それでもユンギさんが感動した光景を画面越しで見ることができたことが嬉しかった。

 

次にユンギさんに会えるのはいつなんだろう。

本音を言えば、コロナが落ち着いても、もう前みたいに確実にチケットを取れる保証は無くなったと思う。

この2年間で、BTSはあまりにも大きな存在になってしまった。

私は昔から言ってるけど、推しが遠い存在になってしまうこととか、ファンが増えることに嫌悪感はない。むしろ自分の好きな人がこんなに沢山の人から評価されてるんだ、愛されてるんだとポジティブに受け止められる方なので、歴や過去のファンサでマウントを取ろうとしたり、差をつけようとする人に対しても申し訳ないけどもはや笑っちゃうし、みんなで推しに沸けばええやん、くらいにしか感じていない。

 

ただ、私自身もここまで世界的に有名なアーティストを推すことになったのが初めてで、そういう、ファンダムの中での争いとか以上に、「チケットの倍率が高すぎて自分自身が推しに会えない可能性が生じる」という問題が頭に浮かぶようなことがこれまでなかったから、それが今は非常に怖い。多分これまで他の界隈においても、増えていく新規のファンに喜び快く迎え入れていたのは、その人も、勿論自分も、推しに会う機会があったからだ。

私はあんまり認知に執着していない。あくまでも最低限、自分が推しをこの目で見ることができれば私としてはそこがもうゴールで、一方的で満足するから、その代わり会いに行くチャンスだけは確実に掴みに行く、というのが私の推し活における考え方だった。

 

コロナが落ち着いて、会う条件が、環境が整った後、倍率が原因でユンギさんに会えなくなってしまったら、私はどうすればいいんだろう。

こんなに好きになってしまった人を生で見る機会が奪われた時、「人気すぎて当たらなかった」で割り切れるほど、果たしてその時の自分は大人になれているんだろうか。

絶対無理。普段理屈で動いてる私が感情で動いちゃうくらい好きになった相手だよ?泣くとか落ち込むとか以前に、受け入れられない気がする。

 

その時に私が怖いのは「私はこの時から応援してるのに」と歴を絡めた文句を口に出してしまいそうなことだ。予想してる時点で多分頭ではそういう感情があるんだろうね私。自分がどんどん醜くなってて嫌になります。

 

 

とまあそんな感じで(どんな感じで?)、2021年、嫌なことばっかり想像して、暗い気持ちにばっかりなってしまった。

今はまだ、降りようとか思わないし、今までもファンやめようかなあなんて思ったこともない。

ただ、当たらないことが続くと、私自身が好きでいることに耐えられるかなというのが正直なところだ。

 

それでもユンギさんがVLIVEを始めれば口に手を当てて乙女のような目で見てしまうし、SNSに写真が投稿されれば限界まで拡大するし(ヲタクなので)、新曲が出れば何度も聞いてユンギさんらしい部分を探してふふっと笑ってしまう。

そして12月3日のPTD。ユンギさんの幸せそうな姿を見て自分が幸せな気持ちになっていることに喜びを感じた。

 

やっぱユンギさんのことは大好きだしやめれるわけないんだよなあユンギさんのファン。

 

今年も3月9日は私にとって特別な日だし3月になると胸がざわつくし、その感覚があることで、ああやっぱり私はユンギさんが好きで、思ってる以上に生きる支えになってるんだなと改めて実感する。

 

 

この1年はユンギさんが携わった新しい曲に沢山出会えた年でもありました。

My Universe、You、最近だとStayAlive!

 

プロデュースを依頼された話を聞くたびに、私はいつもユンギさんってかっこいいなあと、こんな薄っぺらい言葉でしか表現できない自分の語彙の乏しさに嫌気がさすけれど、でもほんとにすごいなあ、かっこいいなあと尊敬してしまう。

 

自分は就職活動に失敗した1人だと思っている。夢があって大学に進学して、4年間、その目標に向かって突き進んで来た。しかし現実はお祈りメールの毎日。1ミリも関わりのない職業に就くことになり、身をもって学んだ。「夢を実現させることができるのはほんのひと握りなんだ」と。

 

だからユンギさんはすごい。「アーティストをやりたくてアーティストになった」なんて、「曲を作りたいから作曲家になった」なんて、当たり前のことを言ってるようだけど、実はこれを言えている人っていうのは、本当に少ないし、すごい人たちだ。

 

ユンギさんがこの夢を叶えるために、今の地位につくまでに相当努力してきたんだと思うし、その一部分を私たちにも見せてくれていたからこそそうであったんだろうと思えるけど、勿論私たちが思っている以上の努力をして、今の成功を掴んでいるはずだ。

それに加えて、ユンギさんは夢を叶えるだけの運を持っていた。努力できる才能と、夢を叶えられる運を持っていた人。好きなことを仕事にできた勝ち組。それが私の好きな人。

それがとても誇らしいし、そんな人を好きになれてる自分はもう、運のほとんどを使い果たしたのかもしれない。超幸せ者なのかもしれない。

 

あなたを好きでいるだけでこんなに前向きになれる。それも今回だけじゃない、あなたを好きになってから毎年毎年、ほんの少しずつだけど、自己嫌悪がなくなっていってる。それでもまだまだ自分を好きにはなれないし、自信がつく、という言葉は書けないけど、マイナスがゼロになることを目標に、今は頑張って生きています。

 

私を幸せにしてくれた大好きなユンギさんがこの1年間も幸せで溢れるような日々を送れますように。

健康にも気をつけて、心も体も、元気でいてくれますように。

 

お誕生日おめでとうございます。来年もまたお祝いさせてください!

 

2022.3.9

 

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いちばん感謝を伝えたいあなたへ〜誕生日を迎えたユンギさんへ〜

※はじめに

これは私個人の意見、考えで書かれている文章です。一部私の憶測や感情のみで書かれている部分があります。事実として受け止めることがないようにご理解お願い致します。

 

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まだ少し肌寒い、それでいてだんだんと春らしさを感じるようなこの時期。春支度を始めながら私の頬もピンクに色づいていく。

なんでもない日常に過ぎなかった3月9日は、気がつけば私の中でとても大切な日になりました。

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ユンギさん、お誕生日おめでとうございます! サンキューの日、あなたに伝えたい言葉そのまんまだよ!

 

ユンギさんを思って過ごす5回目の3月9日(ユンギペンになってからだと4回目ですが)です。今までは友達にカウントダウンや当日のカフェ巡りなんかに付き合ってもらってたのに、あの憎きコロナのせいで今年はひとりぼっちでお祝いする羽目になりました。年々寂しくなってくのなんなん???

経済面でも、年齢面でも渡韓が叶わなかった高校時代を乗り越え、大学生になったら毎年お金を貯めてセンイル渡韓をするんだと意気込んでいたのに、

1年は諸事情により泣く泣く当日飛行機とホテルをドタキャンし(あれだけは一生の後悔です)、去年はコロナにビビって2月時点で予約をキャンセル。今年はやけくそで家宛にセンイルケーキを予約しました。こんな感じで、結局センイル渡韓の夢を叶えることなく、2021年の誕生日を迎えることとなりました。まじでこんなはずじゃなかった

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ユンギさんは時に私を幸せにしてくれるハッピーウイルスであり、時に私をどうしようもないほど虚しく、苦しくさせる人。

 

正直、落ち込んでる時に元気をくれる存在、全てを忘れさせてくれる存在、とはちょっと違う…

恋したら悩みって尽きない、ずっとあの気持ち。ユンギさんを見ている時の私は友達曰く「恋する乙女」の目をしてるらしい。

 

ユンギさんは表に出さないだけで、実は色んな面を持ってる人だってことも、だんだんわかってきた。

 

静かに見えて、実は出しゃばり。

雑学はあるけど、ほんとはもっとそれをひけらかしたいんじゃないのかな?

メンバーには歌が下手だと笑われるけど、実は自分は上達したと思ってたり。

沢山話したいことがあるのに、お喋りなのに、マイクを握るのに、韓国語以外になると上手く言葉が出せなくて。

いじられると嫌そうな顔するけど、構ってもらえるのが実は嬉しくて。

 

「お前の主張があってる 俺達は滅びる寸前だって
俺らの上 誰もいない  俺たちは滅びてる途中だからね thanks」

なんて、俺たちは落ちてくよ、はいはいって平気そうな言葉を歌に入れるけど、

「逃げてみても俺についてくる  あの光と比例する俺の影   怖いんだ 高く飛ぶことが俺は怖い  誰も言ってくれなかっただろ   ここがどれほど淋しいのかを」

トップスターになって、頂点にのぼりつめて、あとはもう堕ちていく未来しか用意されていない現実に不安を抱える人間なこと。実は脆いこと。

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私はすごく甘え下手で、人の目を気にしすぎて疲れちゃうことがよくある。私なんかよりもっと気を遣って生きてる人はいると思うけど、それでも歳が10歳近く離れてる兄を二人も持つ末っ子として見ればかなりの甘え下手で主張できない人間だと思う。だから誰かに話を聞いてもらいたいんだけど、甘え下手だから結局それができなくて…って悪循環から脱せずにずっと生きてる。そういう人間。

 

私がユンギさんを恋焦がれるほど好きになってしまったのは、ユンギさんに対して、「甘えさせてくれそう」「話を聞いてくれそう」っていう、私が求めてた人物像をそのまま体現してるような人だと思ってるから。まだ短い21年の人生だけど、私が出会ってきた、存在を知った男の人の中で、こんなにも自分のことを語らず、なんでも「終わった後」に話してくれる人はユンギさんくらいしかいない。VLIVEでも、コメントの質問に返すのがメインというか、自分から話題を提供するわけじゃないし。私たちの話を聞いてくれる、受け止めてくれる人。私の理想の人。アドバイスをくれて、気にすることないよって、冷静に返事をしてくれる人。

 

でも、強くて、我慢できて、いつも平気そうだけど、

実はたくさん不安も抱えてる人だとも思う。

 

私が特にそれを感じたのは、森の動画内でジンくんにポツリポツリともらしたあなたの心の中の話を聞いた時でした。

 

「後悔を減らしたい、ポジティブになりたい、頑張るフリばかりしてきた」

 

心の内をジンくんに話してる時、ユンギさんはスマホもいじらず、ただ下を向いたり遠いところを見つめたりしながら話してて、その姿に私はとても胸が痛くなった。すごく苦しかった。

 

ユンギさんはいつも、誰かを諭したり、助言する姿ばかりが映されます。ジンくんとテヒョンの喧嘩の時だってそうだし、ジョングクが話を聞きに来た時だってそう。ジミンがこぼした不安にも真面目に答えて、テヒョンとジョングクが落ち込んでいる時に長文のメールを送ったというエピソードだってある。

ファンが夢を諦めたという話をした時、「勇敢な放棄は大変な勇気」と答えた。諦めたことを受け入れながら、それでもちゃんと、褒める部分を探して言葉を返してた。あの言葉、私もとっても好きです。大きな決断をしたとき、いつも心の中であの言葉を唱えてるよ。

昔はなんでも反抗してしまったけれど、今は「そんなこともある」と自分自身の器を大きくして、受け入れることを覚えたとも話していた。

いやまじで何回人生やり直したんだよ……100万回生きた猫ってもしかしてユンギさんの話?(違います)

 

ユンギさんはあまりにも大人びていて、テレビではあまり喋らなくて、彼のことを知らないうちは、「クール、冷静」そんな言葉がピッタリだと、誰しもが思うはず。

 

彼の書く歌詞を見ると、次は彼のことを「強いひと、悪口に屈しない人、タフ」だなんて思ってしまう。

 

だけどユンギさんは、別にタフなわけでもないし、何も気にしてないわけじゃない。

 

多分人一倍繊細で、不安を抱えてる。褒められれば嬉しいし、当たり前だなんて思ってない。ただそれを素直に出せない不器用な人。

 

だからMAMAで初めての大賞をとった日、堰を切ったように泣き出したあなたに、「クール、冷静」というイメージを持っていた私はとても驚いたし、ストレスが溜まっている時にそれを教えてくれない人だから、それが見た目に現れるほどげっそりと痩せたり、爪を噛むくせが治らないと聞いて初めて私たちは知ることになりました。心配で仕方なかった。落ちていくだけの将来に不安を感じて1人シャワーを浴びながら涙を流した話を聞いて、私も涙が出そうだった。TheLastで対人恐怖症の話を書いていたことにとてもショックを受けました。

「人が多いことに恐怖を感じたりするけど、おかしいことに会場は怖くない」

そう言っていたから、きっと対人恐怖症の話は実話なんだろうな。

 

私たちが心配していた爪を噛む癖は、いつの間にか克服してくれていた。それを嬉しそうに話しながら、私たちに、カメラに向かって見せてくれた。「治ったんですよ!」って嬉しそうに話すユンギさんの顔を見た時ね、私あの時の声色と表情が、実は2020年のあなたの映像の中で一番好きで、ずっと頭から離れないんだよ。

なんか心の内から話してくれたような気がして、私まで嬉しくなりました。

 

本当はもっと私の話を誰かに聞いてもらいたくて、褒めてもらいたくて、はじめはユンギさんに、聞いてもらいたいの気持ちでいっぱいだったけど、

今はユンギさんの話がもっと聞きたくて、ユンギさんのことがもっと知りたくて、それはつまり、去年よりももっとユンギさんのことが好きになってるんだと思う。

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ユンギさんの好きなところがいっぱいあって困っちゃう。

低くて、ラップの時は歌詞によってその低さが優しいものにも強気なものにもなれちゃう、でも話すときは話し方も含めて穏やかな気持ちにさせてくれるような、そんな魔法のような声も、一重の目も、小さな鼻も、笑うと覗く綺麗に並んだ小さな歯も、真っ白だけどごつごつしてるかっこいい手も、細いけど筋肉がついてる体も、けど太ると顔から見た目に出ちゃうところも、恥ずかしさを隠すように手で隠す照れ笑いも変な顔も、 ギターを始めたことも、素直じゃないくせに頑張って相手に伝えようとする「愛してる」も、音楽を愛してるところも。


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こんなに好きになれるくらい素敵なユンギさんが生まれてきてくれて、アイドルになってくれて、BTSのひとりになってくれて、2016年の芋高校生やってた私の目に飛び込んできてくれて、本当にありがとう。2020年の過去一最悪だった精神状態の中で、わたしが幸せだと感じれたときはほとんどがユンギさんのことを考えてる時でした。

 

 

長々書いたけど、いちばん言いたいことを一つ選ぶなら、

「ユンギさんが一生幸せでいられますように」

 

あ、あとそうだ!絶対来年こそ!次こそは渡韓してやるから!絶対それまでにこんな腐った世界を元通りにしてやりたい

 

こんな大変な状況のなかで私たちを幸せにしてくれたユンギさんはすごいです、

怪我を乗り越えたユンギさんは偉いです、毎日生きてるユンギさんは偉いです!

 

改めて、お誕生日おめでとうございます

 

수고했어 오늘도🌿

 

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ラッパーとしてのあなたの話をしたい。~AgustD4周年記念~

※はじめに

これは私個人の意見、考えで書かれている文章です。一部私の憶測や感情のみで書かれている部分があります。事実として受け止めることがないようにご理解お願い致します。

 

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2020.8.16

「アイドル」が、衝撃的な音楽を世に出したあの日から、4年。これは、2か月前に出されたD-2を聞いた時から書こうと決めて、少しずつ綴ってきたもの。

最初に、ユンギさん、AgustD4周年、おめでとうございます!

 

2020.6.1

正直、平気なフリして全然平気じゃない。

何あの色っぽい声、何あのメロディ、色んなアーティストにめちゃくちゃフィーチャリング依頼してるし、

 

てかここ最近の供給の多さ。何あれ。自撮りの頻度、毎週欠かさず行うラジオ、絵を完成させるまでカメラ繋いで私たちに顔見せてくれるし、

 

 

ミンユンギ、変わったよね?

 

 

これが私の本心。「アルバムあげちゃったね〜」とか「最近すっごい発信してくれるよね笑暇なのかな笑」なんて言ってるけど、

 

動揺してるに決まってんじゃん。純粋に

 

爆イケな写真ばかすこあげてくるし、急に黒髪になるし、そもそもカウントダウンドッキリなんて世界中のファンに仕掛けてきやがって、おいこらびびらすなよ馬鹿野郎!!!!!!(特大感謝)

 

…とにかく、結論から言うと、私はいま、ミンユンギという男に対して、今まで以上に愛が爆発しています。

私はそれを伝えたい。2016年の、まだジミンという高音ボーカル(私がグループの中で必ず最初に好きになるタイプ)の歌声に惚れ込んで、ユンギさんのことをメンバーの一人としか思っていなかったあの頃の私に。2017年の、「SUGAさんってこんな素敵な曲作れるんだ!ん?ミックステープってのを去年出してたの?全然知らなかった!」なんて言いながら、YouTubeの関連動画で流れてきた「AgustD」のMVを見たあの日、

 

ユンギさんに、完全に堕ちたあの日の私に。

 

 

2020年の8月16日まで、ゆっくりゆっくり思いを綴ってこれを投稿するつもりなので、おそらくとてつもなく長くなると思います。

これはユンギさんへの手紙なんかじゃなくて、あくまでも、過去の私、2016年8月16日の、AgustDが公開されたにも関わらず、BTSにハマったばかりで過去の曲を一曲ずつ知っていくのに、基礎知識を知っていくのに必死でそんなこと何も知らなかった新参者の私、そして2017年の冬、ミンユンギという男に少しずつハマりかけてきた時、運命のようにAgustDのMVを見てしまった、ミンユンギに完全に恋をしてしまったあの日の私に向けての、現在の私からの独り言みたいなものです

 

 

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 2020年6月2日~8月7日

考えてみれば、ユンギさんに興味をもったきっかけ、「枯葉」をきいて、苦手だったバラードを違和感なく聞けるようになって、その曲を作っていたのがユンギさんだと知ってから、という話は、彼の誕生日のたびに言ってるけど、ミックステープが私のユンギ沼落ち史(なにそれ)のどのあたりで影響を与えたか、詳しく記録を残したことなんてない気がする。文才もないからこのブログをたちあげて日も浅いし。

 

詞が、曲が作れる彼に興味をもって、何にも興味がなさそうな彼が、あんなにも未練を引きずっているような曲を作って、私の中で彼の印象が180度変わった。彼の作る曲を聞きたい、彼が書く詞をもっと見たい。けど彼の書く詞を読めば読むほど、ミンユンギという男の正体がわからなくなった。挑発文句はお手の物で、孤独や寂しさばかり…かと思えばコテコテの愛の言葉を書ける彼が、何を経験してきたのか。

 

そんな時に私が出会ってしまったのが、AgustDという彼の別の名前。

全然知らなかった。そもそも防弾少年団としての彼らのグループ曲もまだ全て熟知できてなかった頃に、メンバーの個人活動まで調べ上げる余裕もなかった。

私がこの名前を知ったのは2017年。あの曲が世に出て1年以上経った時だった。

 

とにかく、衝撃的だった。自分より格下の者に対して、自分のヘイターに対して、今まで自分を見下してきた奴らに対しての挑発的な言葉を、ラップにのせて歌う、そのスタイルは確かにいつもと変わらなかったし、BTSはそういう歌も作ってしまうから、いい意味でアイドルの概念を壊してくれる、そんなところに魅力を感じていた。その中心、それを作り上げた一人であったからこそ、綺麗な歌詞で飾られた曲ではないんだろうと、予想はしていた。

 

あの曲の中で、彼は、自分自身を収めるのにKPOPという枠は小さすぎると言った。

彼は自分をバカにしてきた奴らに対して、お前たちは健康であることだけが唯一の取り柄だといった。お前たちよりラップが上手くてごめん、と言った。

ラップで香港に送れると、そう言った。

 

来世は石になりたい、自分の顔でもアイドルになれる、自分は天才なんかじゃない(自分で天才SUGAとか言ってるけどな)、そう語るのがミンユンギという男だ。この曲を知るまで、私はそういう人間なんだと思っていた。

 

多分彼にとって、彼が築き上げてきた音楽は、何物にもかえられない、唯一の資産なんだと思う。あれほどまでに自分に自信のない彼が、自身のラップでなら、香港に送れる、イかせられると、全世界に向けた無料配布の音源で言ったのだ。自分の音楽に自信がないと、こんなことできるはずがない。

 

衝撃を受けたのはタイトル曲だけじゃなかった。

学費のために事務所に内緒でアルバイトをして、事故に遭ったのにそれも黙っていたこと。言えば事務所を辞めさせられると思っていたらしい。

 

そして彼は、対人恐怖症を患っていたと、歌詞で話した。二人の人間の前で行ったコンサート、青春を全て捨てて挑んだ音楽、苦悩と葛藤の日々。それを経て、今の彼がいることを、私はその時初めて知った。

 

全然、気の抜けたアイドルなんかじゃないじゃん。

 

 

聴けば聞くほど、歌詞の和訳を読みながら(和訳つけてくださる皆さんいつもありがとうございます甘えてばかりです)考えれば考えるほど、彼について知らない事が多すぎて、いつも不安になる。

 

彼の過去がわからない。綴られたことだけですべてなのか。どんな人生を歩んできたのか、世の中への発信者になりたいと思い始めたのは、いつから?

 

 

あなたはこのアイドルという仕事に、不満はない?

 

勝手ながら、いつも私が心配していること。

 

メイクして、にこにこ笑って、「アイドル」をやってる奴がなぜ「ラッパー」を名乗れるのかと、彼は昔言われたことがあったらしい。

彼はそもそも、作曲家志望だった。多分百歩譲って、アーティストとして、ラッパーとしてのデビューは想定内だったかもしれないけれど、彼自身、アイドルとしてデビューすることは、絶対予想だにしなかったことだと思う。

 

嫌じゃなかったのか、いつから自分の中で、アイドルとしてのミンユンギ、「SUGA」を受け入れたのか。

 

…今はもう、1ミリも不満はないのか。

 

 

私たちの理想を押し付けていたら、それがプレッシャーになっていたら、そもそもユンギさんは個人プレーを好むタイプだったりして?とか、色々不安になることはあった。てかまあ勝手に不安になってたというか…

 

でもゆんぎさんは、思った以上にアイドルで、砂糖のように甘い「SUGA」だった。

 

ファンの存在に感謝してくれる人。向上心はありながらも、ファンの人たちと一緒に長く公演を続けていくことを夢見ている人。

 

つかめない人、素直じゃない人。自分に自信がなくて、でも積み上げてきた、努力で培ってきたものだけは、誰に何と言われようと自信を持っている。

恐れ多いけど、何となく自分と似ているようにも思えた。決して多くはなくても、大切にすると決めたものは大切にする。その姿を追い続けたいと思った。

 

タトゥーをいれないあなたの理由も好き。ラッパーで大成功を収めた後、慈善活動するときに支障が出ないようにしたいからなんだよね。(まあ実はタトゥーは私大好きなんですけど、親がくれた体だからこそ今はできないけど親が死んだら自分がおばあちゃんになってたとしても薔薇のタトゥーを腕にいれて死んでやろうと思ってるくらいでタトゥーは大好きだよ)

ラッパーで大成功を収めるのは、慈善活動するのも視野に入れてるくらい売れるの前提なんだもんな。ほんとさらっとすごいこと言ってんだからびびるわ

 

 

 

2020.8.16

大好きなフレーズがある。ミックステープの「The Last」という曲。

 

「俺のファンたち 堂々と顔をあげてくれ 俺ほどの奴なんていないんだから」

 

私は自分に自信がない。どれだけ着飾っても、自分自身をどうも好きになれない。いまだに自分について、わからないことだらけだし、自分を客観視した時、「よくもまあこんな奴についてくれる友達がいるな、先輩が、後輩が、大人がいるな」と周りの人たちの人柄に感謝するし、中身だけじゃなくて、外見だってずっと嫌いで、酷い時期は明るい色のものを身につけるのも、鏡を見るのも気が引けてた。

それは自分の好きなものにも悪影響を与えていた。幸い、周りに寛大な人たちしかいないような環境で、この20年間生きてこれたから、私の趣味を否定されることは一度もなかった。なのになぜか自分自身で自分の好きなものまでを否定的に扱って、それを好きでいることにも自信をなくして、自分の性格上、キャラクター上、そんなネガティブな気持ちを意地でも人に見せたくなかったから抑えてきたけれど、とにかく自分に関わる全てのことに自信がなかった。今でもそれは残っているし、多分これが治ることは一生ない。

多分今の推しに対するdisり愛はその名残なんじゃないかな…www

 

でもユンギさんは、そんな私にとって、欲しかった言葉をくれた人。

ミンユンギという男を好きになった事に。堂々としていろと教えてくれた人。

 

彼ほどの奴なんていない。本当に、そうだと思う。

 

これはユンギさんという、私が恋した素敵な男性の話…ではなくて、

私を音楽の力で沼に引きずり込んだ、ミンユンギというラッパーの生き様の話。

 

人によって考え方が違うから押し付けなんてできない…と、ここでもまた自信のない自分が出てしまうけど、

私の中では、あなたのラップは世界一だよ。あなたの綴る歌詞が一番好きだよ。

 

生きた証を飾らずそのまま書き続けて、私たちにもっと教えてほしい。

 

あなたも、堂々と顔を上げてほしい。あなたのファンほどの奴はそうそういない。

許容範囲内におさまるのかはわからないけれど(笑)、全て知る覚悟だけは、一丁前に持っているつもりなので。

 

「ミンユンギは死んだ」なんて歌詞もあったね。

そんなこと、もう二度と言わせない。27年間の人生すべて、吐き出してくれた分は抱えてやる。

 

 

ミンユンギ、死ぬまでラッパーやってください

 

P.S. とりまはよ現場くれ あんたのラップでコロナ潰しちゃいな